双極性障害を抱えながら経理として働いていると言うと、「大変そうですね」と言われることがあります。
でも本当にしんどいのは、症状そのものより「普通であろうとする努力」だったりします。
今日は、オフィスで「普通の会社員」を演じることの疲れについて、正直に書いてみます。

数字と向き合う仕事だからこそ、気づかれにくい

経理の仕事は、基本的に黙々と数字と向き合う時間が多い職種です。
そのおかげで、気分の波がある日でも「黙って仕事をしているだけ」に見えるので、周りに気づかれにくいという側面があります。
でもこれは、楽という意味ではありません。内側では、ただ座っているだけでものすごいエネルギーを使っている日もあるんです。

「今日は調子が悪いので休みます」と言えない

体調不良なら休める。でも「気分が落ちていて動けない」という理由は、なかなか口に出せません。
結局、頭痛や体調不良ということにして休んだことが何度もあります。
本当の理由を言えない後ろめたさと、無理をして出社したときの消耗感。どちらを選んでも、心のどこかがすり減っていく感覚がありました。

躁状態の時期、仕事が「怖い」と感じたこと

意外かもしれませんが、調子が良すぎる「躁」の時期も、経理の仕事では危険だったりします。
気分が高揚していると、普段ならしないような数字の確認漏れをしてしまったり、衝動的に仕事を進めすぎてミスにつながったり。
「絶好調」に見える日ほど、実は自分を信用しきれない怖さがありました。

最初は心療内科に通っていましたが、今はきちんと精神科に通院先を変えました。
通院のたびにかかるのは、保険適用で500円前後。お金としては大した額ではないのに、仕事を少し抜けて行くことへの気まずさは、何年経っても慣れません。

服薬しながら働くことへの引け目

通院や服薬を続けながら働いていることを、職場には詳しく話していません。
話したところで理解されるか分からない怖さと、「特別扱いしてほしいわけじゃない」というプライドのようなものが邪魔をします。
ランチタイムに「薬飲んだ?」と同僚に聞かれたときは、さりげなく話をそらしました。小さなことですが、こういう瞬間の積み重ねが地味に疲れます。

それでも「数字」が私を助けてくれている

皮肉なことに、感情が不安定になりやすい私にとって、経理という「答えが一つに決まる」仕事は、ある意味で救いでもあります。
数字は、気分に左右されずに、正しいか間違っているかがはっきりしています。
人間関係の機微を読み取るのが苦手な日でも、目の前の数字と向き合っていれば、仕事として成立する。そのことに何度も助けられてきました。

「普通」を演じなくていい職場を探して分かったこと

転職を考えたとき、私が重視したのは「給与」より「無理に普通を演じなくていい雰囲気があるか」でした。
体調に波があることを完全に隠さなくても働ける環境は、思っている以上に心の余裕につながります。
すべてをオープンにする必要はなくても、「ここなら多少崩れても大丈夫」と思える職場を選ぶことの大切さを、身をもって知りました。

持病のことを職場にどこまで話すか、今も正直悩みます。全部話す必要はないと思っていて、信頼できる上司や人事にだけ、必要な部分だけ共有する、くらいのバランスでやっています。
気分の波がある中で働き続けるために意識しているのは、「今日は無理をしない」「完璧を求めない」というルールを自分の中に持っておくこと。それだけで、少し楽になる気がしています。

経理の仕事や働き方については、こちらの記事もあわせてどうぞ。

上司に初めて病気のことを伝えた日

転職してすぐの頃、どう伝えるべきか何日も悩んだ末に、直属の上司に「実は双極性障害があって」と話しました。
伝える直前は手が震えるくらい緊張していましたが、上司の反応は拍子抜けするくらいシンプルで「教えてくれてありがとう。何かあったら言ってね」の一言でした。
身構えていた分、拍子抜けしたのを覚えています。もちろん毎回こんな反応が返ってくるとは限らないと思いますが、あの一言のおかげで、少し肩の荷が下りました。

娘に「ママ、今日は元気ない日?」と聞かれた日

気分が落ち込んでいる日、なるべく表には出さないようにしているつもりでも、子どもは意外と気づくものです。
ある日、娘に「ママ、今日は元気ない日?」と聞かれて、思わずハッとしました。隠しきれていないことへの焦りと、こんな小さな子にまで気を遣わせていることへの申し訳なさが一気に押し寄せてきました。
その日は「そうだね、ちょっと元気ない日かも。でも大丈夫だよ」と伝えました。無理に元気なふりをするより、正直に、でも不安にさせない言い方を選ぶことを、少しずつ覚えている気がします。

病気のことを少しずつ話せるようになってから、肩の力を抜いて働ける時間が増えました。完璧な「普通」を演じなくても、ちゃんと仕事は回るし、誰も困らない。それに気づけたことが、今の自分にとって一番の収穫だったと思います。

まとめ

「普通」を演じることに疲れていた私にとって、数字と向き合う経理という仕事は、思いがけず心の支えになっていました。
同じように、見えない疲れを抱えながら働いている方がいたら、「無理に普通を演じなくていい」と伝えたいです。