奨学金の返済について、ブログではわりと淡々と数字の話を書いてきました。
でも本当は、長い間「奨学金を借りていること」自体を、周りに言えずにいました。
今日は、その劣等感とどう付き合ってきたか、正直に書いてみようと思います。

友人の「実家が太い」話を、愛想笑いで聞いていた日々

学生時代、友人から「親が学費を全部出してくれた」という話を聞くたびに、心のどこかがチクッとしていました。
「いいなあ」と言いながら、内心では「うちは無理だった」という事実を悟られたくなくて、愛想笑いでごまかしていました。
奨学金を借りていることは、恥ずかしいことじゃないと頭では分かっていても、感情が追いつかない時期が長く続きました。

結婚を考えたとき、初めて打ち明けた話

一番怖かったのは、結婚を考えているパートナーに奨学金の残債を伝えるときでした。
「借金がある人だと思われたらどうしよう」「結婚をためらわれたらどうしよう」と、何日も言い出せずにいました。
思い切って伝えたとき、意外にもあっさり「そうなんだ、じゃあ一緒に返していこう」と言ってもらえて、拍子抜けすると同時に、涙が出そうになったのを覚えています。

「自己責任」という言葉に傷ついた経験

SNSで奨学金についての話題が出ると、「自分で借りたんだから自己責任」というコメントを目にすることがあります。
そのたびに、胸がぎゅっと痛くなります。
高校生だった当時の私に、進学の費用を工面する他の選択肢はありませんでした。それでも「自己責任」の一言で片付けられると、まるで自分の存在そのものを否定されたような気持ちになります。

同じ境遇の人の発信に救われたこと

そんな私を少しずつ楽にしてくれたのは、同じように奨学金を返済している人たちの発信でした。
「借りていることは恥ずかしいことじゃない」「返しながらでも前を向いている人はたくさんいる」。そう思える言葉に出会うたびに、自分も声を上げていいのかもしれないと思えるようになりました。
今こうしてブログを書いているのも、当時の自分のような誰かの気持ちが、少しでも軽くなればという思いからです。

娘には、同じ気持ちをさせたくない

今、娘の将来の教育費のことを考えるとき、私の頭にあるのは「あのときの劣等感を、娘には味わわせたくない」という気持ちです。
すべてを用意してあげられるかは分かりませんが、せめて選択肢を狭めないように、できる範囲で備えていきたいと思っています。
完璧じゃなくていい。それでも、できることから少しずつ。そんな気持ちで日々の家計と向き合っています。

ちなみに、今も毎月の返済は続いています。契約が2本に分かれていて、合計すると月32,960円(21,123円+11,837円)。
正直、安い金額ではありません。でも、淡々と口座から引かれていくのを見るたびに、「これは過去の自分への投資だったんだ」と思うようにしています。

今だから言えること

奨学金を借りていることは、恥じることでも、隠すべきことでもなかった。今はそう思えます。
当時の私に伝えたいのは、「誰かに打ち明けても、あなたの価値は変わらないよ」ということです。
言えなかった時間が長かった分、今はできるだけオープンに、同じ悩みを抱える人の力になれたらと思っています。

奨学金のことをパートナーにいつ伝えるか、私も悩みました。結婚を具体的に考え始めたタイミングで伝えたのですが、早すぎても遅すぎても不安になるものだと思うので、関係性が深まってきたと感じた頃が一つの目安になるかもしれません。
劣等感とどう向き合うかについては、同じ境遇の人の体験談に触れることで、「自分だけじゃない」と思えたことが、気持ちを軽くしてくれました。

奨学金については、こちらの記事でも詳しく書いています。

就職活動中、奨学金のことで一瞬ためらった質問

就職活動中、ある面接で「学費はどうされていましたか?」と聞かれたことがあります。悪気のない質問だったと思いますが、一瞬「奨学金を借りていました」と言うべきか迷いました。
結局正直に答えましたが、面接官の反応を探るように見てしまった自分がいて、後から「別に隠すことじゃないのに」と、ちょっと自分に呆れました。

義実家で、奨学金の話題が出た気まずい瞬間

結婚後、義実家での食事中に、親戚の誰かが「今の若い子は奨学金で苦労してるらしいね」と何気なく話していたことがあります。
夫がさっと話題を変えてくれましたが、その場にいた私は、心臓がドキッとしたのを覚えています。悪意のない会話なのに、自分のことを言われているようで落ち着かなくなるんですよね。
あとで夫に「気を遣ってくれてありがとう」と伝えたら、「別に隠すことじゃないと思うけど、言うタイミングは自分で決めていいからね」と言ってくれました。その言葉に、ずいぶん救われました。
結婚前、両親に奨学金のことを打ち明けたときも、少し身構えていたのを覚えています。でも返ってきたのは「よく頑張ったね」という言葉で、恥ずかしいことだと思い込んでいたのは、結局自分自身だったんだと気づかされました。

奨学金のことを気軽に話せるようになったのは、ここ数年のことです。隠さなくていい、でも無理に話さなくてもいい。そのバランスを自分で選べるようになったことが、一番大きな変化だったように思います。

まとめ

奨学金があることを言えなかった時間は、私にとって長い劣等感との闘いでした。
それでも今は、隠さなくていいと思えるようになりました。
同じように悩んでいる方の心が、少しでも軽くなりますように。